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朱建栄のblog
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2006年 02月 26日
金正日の訪中が主に次なる国内改革路線を思考するヒントを得るためだ、ということは明らかになりました(聯合早報060119)。マカオ銀行事件で慌てて行ったとかの分析はあまりにもスケールが小さい。偉大な領袖さまがこんな小さいことで腰を起こすでしょうか。そしてこの訪問がいくつかの空前の記録を作り、中朝関係の質的転換を示したとも評されています(亜洲時報060119)。香港の星島日報は、改革先進地域の深圳などを見て、金正日総書記が「徹夜、眠れなかった」とも伝えています。
デンマークに発したイスラムへの風刺画事件について、中国も数千万人のイスラム信者を抱えているため、この問題への発言は慎重ですが、かなり注目している模様です。国内では不要な刺激を与えないよう、マスコミの報道・評論は控えられているが、フェニックステレビ局の有名な時事評論員は香港紙に寄稿した評論文で、この事件に対する中国人世界の基本的な認識とスタンスを示しています(明報060209)。重要なのは文明間の相互尊重であると提起しています。 米中関係が前進する背景には米国側の対中認識が冷静になりつつあることと関係するでしょう。米紙は、米中間の科学技術協力がWin-Win関係だと提起しています(中国時報060207)。外交面では中国はイランの核処理問題で米側との協調を見せています(中国時報060206)。それによってブッシュ大統領は胡錦濤主席とプライベートで腹を割れる関係にあると発言し(明報060125)、「13億人の大国を治めるのは結構大変だ」との気遣いも見せていると伝えられています。 一方、中国内部のいわゆる戦略家が20年後の世界をどう見ているのでしょうか。達戈のペンネール(著名な劉亜洲ではないかと推測されている)で出された長編論文は一読する価値があります。長期的には米国へ明らかに警戒感を持っています。今の日中関係は米国に利用されているとの見方も強く示しています。しかし日本についてはかつての恐れ、警戒からむしろ一種のあきれが滲み出ています(鳳凰週刊060120)。日本は自分の外交価値を心得ずに動いているが、それはともかく、日本は中国の敵ではなく、もっと日本を理解せよ、との自信も出ているように感じられます。 さて、軍事面ですが、ウクライナから購入した空母「ヤリヤーグ」が本格的な空母に改造されるとの分析が日本の新聞発で、また香港新聞やインターネットに転載されていますが、動力系統のないものを到底、そのように改造することは不可能ですし、購入した時の約束違反にもなるので、まったくの憶測だと言っていいと思います。近い将来、中国が一隻二隻の空母を持つことは実戦力になるどころか、「中国脅威論」に利用されるだけ、との醒めた認識もあると理解しています。ではなぜ軍港に係留して工事をしているか。将来のための空母乗組員の養成のためではないかと専門家が見ています(大家論壇060222)。もう一つ、まさに空母対策のための訓練対象となるでしょう。 ロシアの専門家は今の中国の軍事技術力はいまだに日米に1~2世代遅れていると冷静に見ています(大家論壇060109)。そのため、国防大学の少将は「脅威論」に脅されることなく、中国はその劣勢を挽回するための近代化を予定通りに進めていくと表明しています(台湾・中央通信社060112)。最近、米国防総省が公表した世界各国の軍事力報告について、中国の学者は意外と冷静な分析をしています(中国時報060205)。インターネットの論壇で、中国軍人の2006年の給料一覧表を見つけました(大家論壇051203)。中国軍の透明化は意外なところで進んでいます。 2006年 02月 25日
しばらくです。1月後半、資料を結構溜めてお送りしようとしたところ、インターネット接続でアクシデントが起きました。利用の速度向上になると勧誘されてADSLを光ファイバーのBフレッツに切り替える工事をすることになりましたが、工事が技術的原因で行われなかったのに「プラン変更」は進み、NTTのちぐはぐな対応でインターネットを2月10日過ぎまで使えなくなっていました。一時はインターネットカフェを利用する羽目になり、しかも(何も悪いことをしていないのに)、もとのプランに変更するための6000円を払わされて(もう嫌気が差したからそれ以上のけんかをする気をなくした)、ようやく元のメールを使えることになったのです。
この間、中国政治は早く動いています。3月の全人代、来年の17回党大会に向けて権力、路線をめぐる水面下の探りあいが早くも始まりました。最近、胡錦濤総書記のブレーン鄭必堅を批判する文書が出ています(亜洲時報224)。二極分化の原因が朱鎔基改革と批判する動きもあり、これは胡錦濤政権への迂回的な牽制となりましょう(多維新聞網0221)。「氷点」事件が報道抑制の典型的な事例になっています。ただ、この事件に反映されたのは、抗争が公然と行われ、党内からも支持者が出て、編集長解任だが雑誌は復刊、という「妥協」になった模様です(明報060220)。 それに対して、改革路線を堅守せよとの声も高まっています。瞭望新聞週刊060113が「改革に対する二種類の邪魔を排除せよ」との表現で引き締めへの批判を暗に出したのに対し、財経雑誌060123は皇甫平(14年前、鄧小平が朱鎔基を通じて解放日報編集長周瑞金の執筆グループに「改革路線を前進させよ」と書かせた時のペンネーム)論文が掲載され、注目を集めています。 なぜそのような論戦になったのか。多くの社会矛盾が表面化し、新しい改革方向を打ち出せないでいることと関係すると思われます。そこで「第三ラウンドの改革が到来」と予測するもの(人民網060217)、20人の著名学者が新しい改革理論を呼びかける動きが出ています(経済参考報060218)。胡錦濤指導部は経済と社会改革において、反対に一部妥協して人事調整を優先するか、改革理論の「創新」で突破口を見つけるか、これからの半年間が注目されます。 一方、曾慶紅が担当して進める地方の「党内民主化」の実験は依然進んでいるようです(新華社060112)。 2006年 02月 16日
●動向政治 概観
☆「和諧社会」は可能か★ ここ十数年の間、中国のトップはいつも元日に開かれた政治協商会議主催の「新年茶話会」で年頭の「所信表明」を行っており、その中で江沢民時代からの恒例で四字成語の「新年の目標」が語られてきた。だが、2005年のこの演説で胡錦濤主席は初めて、四字成語を使わず、地味だが一般民衆に語りかけるような口調で以下の3点を強調した。 ①今年は第10次5ヵ年計画が完了し、次の5ヵ年のために基礎を打ち立てる節目の年である。 ②科学的発展観をもって経済・社会の発展を指導すべきで、社会主義の民主、法治もその照準に入る。 ③「大衆が生産や生活の中で遭遇する困難の解決を支援し、各方面の利益関係を妥当に処理し、和諧の局面を形成していこう」と幹部層に呼びかけた。 ここで初めて使われた「和諧の局面」との表現はまもなく、秋の5中全会で胡錦濤カラーを全面的に示す「和諧社会」の発展目標に昇格された。 ☆胡錦濤政権の主導権確立★ 04年9月に江沢民が軍事委員会主席を退き、胡錦濤がそれに就任してから、パワーシフトが加速した。まだ「人治国家」である中国のトップの権力交替は普通、5年以上かかる。江沢民が内外ともにトップと認められたのは95年以降で、総書記に就任して6年後のことだった。それに比べて胡錦濤の権力継承のペースは早くなっている。 1月17日、天安門事件で失脚した元中国共産党総書記趙紫陽が軟禁同然の生活を16年間過ごした後、世を去った。それに関する新聞報道やネット上の書き込みが制限されたが、国営新華社通信は彼を「同志」と呼んで2行で速報し、関係者による献花と限定的な告別式が認められた。これを乗り越えて、天安門事件はやはり遠のいたと実感させられた。 11月18日、今度は胡錦濤主席の提案で胡耀邦元総書記の生誕90周年記念会が北京の人民大会堂で開かれた。胡耀邦は「ブルジョア自由化を支持した」との「過ち」を犯したとして辞任に追い込まれ、その突然の死去は天安門事件の引き金にもなったが、胡耀邦記念会議の挙行は、中国の中では好意的に見られている。毛沢東の秘書だったが体制批判を鋭く行っている李鋭も、この会議は「大成功し」、曾慶紅国家副主席が行った記念演説は「胡耀邦を高く評価し、大半の党内同志の心の声を代弁した」と讃えた。 胡錦濤主席が主導したこの記念行事は当初二千人規模で、胡錦濤が自ら記念演説を行うとの情報があったが、規模を縮小し、しかも胡錦濤がAPEC出席中の、生誕記念日の二日前の日を選んで開かれた。中国首脳部内に、胡耀邦記念行事によって天安門事件の再評価が問われることや、社会的な動揺が生じることへの懸念があった。胡錦濤主席は記念行事の挙行にはこだわったが、規模の縮小などの妥協には応じた。胡錦濤がバランスに配慮しながらも、自分のカラーを出す攻めの姿勢に転じている気配がうかがえる。 ☆社会不安の表面化★ 4月の「反日デモ」の陰に隠れた形だが、浙江省東陽市の画水鎮で、政府の開発区がもたらした土地汚染問題をめぐって数万人の民衆と警察が衝突する事件が起きた。6月に入ってさらに複数の抗争事件が伝えられた。当局の発表によると、04年は7万4000件以上の抗争事件、05年には8万件を超える抗争事件が起きている。社会矛盾の急速な表面化が示された。 11月中旬以降、中国各地で重大な交通事故、炭鉱爆発などの災害が相次ぎ、特に内外で注目されたのは、吉林石油化学公司の工場で爆発が起き、大量の有毒化学品ベンゼンが松花江に流れ込み、下流の大都市ハルビンに5日間にわたる水道水供給や生産活動の停止をもたらしたことだ。地方当局が真相を隠蔽しようとし、それによって対策が遅れたことは被害を一層大きくした。 松花江の汚染がまだ解決されない12月6日、広東省汕尾市東洲坑村で土地収用をめぐって村民と現地当局との間に衝突が起こり、武装警察が発砲して多数の死傷者を出す事件が発生した。当初、地方当局は流血事件の発生を覆い隠そうとしたが、インターネットを通じて香港や海外に情報が流れ、その後、中国地方当局も「3人の村民が死亡、発砲を指揮した責任者は拘束された」と認めた。しかし、真相はまだ解明されていない。 なぜ高成長の陰で社会不安がかえって広まっているのか。全国民平均のジニ係数は0.4という国際的な警戒ラインを超え、都市部と農村部の格差、業種・職種間の格差が激化し、とりわけ富の配分が不公平であることが指摘されている。 松花江汚染事件で環境問題担当の国家環境保護総局の局長が辞任し、汚染を出した国有企業のトップが解任されたが、12月12日付香港中立紙『明報』の社説は、広東省汕尾市の発砲事件と合わせて、その深層原因は、官僚と商人の結託に有利だが庶民の権利が無視されているという中国の今の社会政策にあると分析する。胡錦濤政権は「人間本位主義」を掲げている以上、真相究明、発砲者に対する厳重な処罰、死傷者への賠償を進めなければならない。「そうしなければ『和の社会の建設』という新指導部の方針は空虚な政治スローガンに終わってしまう」と主張した。 ☆国際的地位の更なる向上★ 4月上旬、中国の温家宝首相はバングラディッシュ、パキスタン、インドなど南アジア諸国を歴訪し、特にインド訪問で、「平和と繁栄に向かう戦略的パートナーシップ」の樹立を宣言する共同声明が発表され、そしてインドは「チベットは中国の一部」を、中国は「シッキムはインド領」を互いに承認し、西部国境線をめぐる紛争を解決するためのガイドラインも合意された模様だ。 7月上旬、G8がロンドンで開かれ、胡錦濤主席が途上国代表の一員として出席し、世界経済、南北協力などに関する長い演説を行った。 8月、中露両国は「上海協力機構」加盟国が昨年に行った共同軍事演習の延長だとして、ウラジオストク、山東半島及び黄海で三段階からなる合計1万人以上が参加した「平和の使命2005」軍事演習を行った。 2年以上、四ラウンド続いた北朝鮮の核をめぐる六者協議は9月19日、初の共同文書を発表するところまでこぎつけた。北朝鮮は「すべての核兵器と今ある核計画」の放棄、核不拡散条約(NPT)への復帰などを約束し、それに対して米国は北朝鮮に「攻撃、侵略する意図はない」こと、「関係正常化のための措置をとる」ことを表明した。第2次大戦後、北東アジア地域での初の共同文書である。ここに意たる中国の外交手腕は高く評価された。 10月中旬、タカ派のラムズフェルド米国防長官が初訪中し、続いてブッシュ米大統領が日本・韓国を歴訪しAPEC首脳会議に出席した後の11月19日から21日まで、北京を訪問した。双方は70機のボーイング旅客機の購入や、2006年前半の胡錦濤訪米などについて合意した。ブッシュはまた北京のキリスト教会で礼拝に参加し、彼が記者会見で述べた「中国の政治・社会・宗教における自由の拡大を望む」との発言はそのまま『人民日報』に掲載されるなど、中国側はこの訪問に最大限の配慮をした。 米中接近の背景には、米国の対中姿勢の調整のあとが見られる。9月、ロバート・ゼーリック米国務次官が中国を世界的な「Stakeholder=株主、利益共有者」と呼んだ。その好影響もあって、中国でのアンケート調査によれば、ほとんどの中国人は米中関係が改善していると答え、91%以上は米国との良好関係の維持が重要と答えた。日中関係の悪化と好対照である。 ASEAN10プラス3(日中韓)の首脳会議、初めての東アジア首脳会議が年末に相次いで開かれたが、中国の存在が際立っていた。それを踏まえて胡錦濤主席の外交ブレーン鄭必堅が新聞に寄稿し、21世紀における中国の長期ビジョンを提示した。すなわち、中国は旧ソ連のような覇権主義路線をとらないこと、現行の国際秩序に挑戦しないこと、「中国の内政外交の核心的な理念は、対外的に平和を求め、内部では調和社会を構築し、台湾海峡では和解を求める」、という「三つの和」の路線だと主張した(『人民日報・海外版』11月22日)。胡錦濤時代の外交理念を理解する明快な文書である。 ☆政冷経熱が常態化する日中関係★ 4月、中国各地で大規模な反日騒動が起こり、日本大使館に投石し、日系レストランのガラスを割り、日本企業の広告を破るといった過激行動に発展した。その後、責任の所在をめぐって両国政府が応酬し、日中関係は国交樹立以来の最悪の状況に陥った。 中国系香港紙『文匯報』(4月11日付)は、ここ数年、日本側が靖国神社問題・台湾問題・教科書問題などで中国を刺激する一連の行動を起こしたことが摩擦の背景にあり、直接的きっかけの一つとして韓国民衆の激しい反日行動を見て、中国の民衆は政府の「軟弱」な対日姿勢に不満が高まったことを挙げた。また上海社会科学院副院長の分析を引用する形で、日中両国は史上初めて二強として並立する時代を迎えたが、心理的摩擦が続いており、ライバル同士としての正面衝突を避けるために、「両国指導者のより高度な政治的配慮」を求めた。 歴史問題をめぐる対立が激化した中で、年末、日本の上海総領事館員が一年半前に自殺していたことが週刊誌によってスクープされた。その後、両国外交当局が非難しあい、新しい外交紛争に発展した。 「日本側は、中国がもっと日本を必要としているとして、政治的に中国を傷つけても経済への影響が少ないと読み、一方の中国側は発展戦略を最優先としている中、『政冷』による『経熱』への影響を最小限にくい止めようとしているので、この両者並存が常態化する恐れがある」と、中国社会科学院日本研究所の張季風研究員は展望している。 ☆中国大陸ペースに入った両岸関係★ 1月、台湾の対大陸交流窓口だった辜振甫が死去し、胡錦濤主席は自ら次官級の国務院台湾弁公室副主任の弔問訪台を指示した。3月の全人代では「非平和的手段」も辞さざるを得ない三本のデッドラインを敷いた「反国家分裂法」が採択され、一時、北京が強硬姿勢に転じていると推測されたが、実際は逆で、台湾側が独立を宣言しない限り、北京は台湾との対等な交流に積極的に取り組む転換点にもなった。4月末に台湾の国民党主席連戦が北京を訪れ、50数年ぶりに「国共合作」が再現されたのに続き、第二野党親民党の宋楚瑜主席も5月中旬まで中国大陸各地を回り、胡錦濤主席と握手した。 夏には北京から台湾南部の民進党支持基盤に対してラブコールを送り、台湾農産物と果物のゼロ関税輸入が発表された。陳水扁総統は北京にイニシアチブをとられまいと阻止にかかったが、逆に支持者たちを一層失望させた。12月3日、台湾で県市長と、県市の議員、郷鎮トップの三者同時選挙が行われ、陳水扁総統が率いる与党民進党は最重要な県市長選挙で四つの地方を落とし、南部の六県に後退し、逆に野党連合は16の県と市を制圧した。ほかの地方議員や郷鎮トップの選挙でも同様な結果が出た。この結果を受けて北京は台湾政策に自信を強めたようで、ブッシュの訪中の際でもこれまでと違って台湾問題にほとんど触れなくなった。米中関係における最大の不安定要因、台湾問題のウェートの低下を意味するものと見ていい。 2006年 02月 06日
北朝鮮の金正日総書記一行が今年1月10日から18日まで中国に対する「隠密訪問」を行い、中国南部各地の改革・発展先進地域を視察し、胡錦濤主席ら中国側首脳全員とも会見・会談し、その特別列車が鴨緑江を渡って帰国した時点で初めて両国政府によって公表された。
各国のマスコミが注目する今回の訪中について、香港のアナリスト潘小濤は、「これまでの3回の訪中と異なる特別な意義がある」と主張した(「金正日の訪中が示す両国関係の質的変化」、香港ネット新聞『亜洲時報』1月19日)。 第一、江沢民時代、双方の関係にどこか隔たりが残っていたが、今回は中国側が最大級の接待をし、最高レベルの親密関係を演出した。 第二、金正日の訪中時間が最も長く、訪問・視察地が最も多いものとなった。それは金正日が中国の「社会主義市場経済」を全面的に肯定し、そのモデルに見習っていく決意を見せたものだ。 第三、中国首脳の前で金正日は中国の改革路線を初めて絶賛したことで経済改革路線の同調を示すだけでなく、六者協議などの外交分野でも中国の協力を最優先する姿勢を示唆した。これに対し、中国側は各国のマスコミの不評を買うことを覚悟して厳しい報道規制を敷き、相手のプライド、要望を尊重したが、両国関係の発展は中国が最大の勝者であることを知っているためだと分析された。 金正日一行が三峡ダムも視察したが、これは中国側が、北朝鮮に対し核開発を放棄し、水力発電への転換を暗に勧めたシグナルだとも解説されたが、六者協議との関連で、米・中国語ウェブサイト「多維」1月19日に掲載された江天「金正日の訪中は六者協議再開の糸口になるか」、という解説は、今回の訪問と併せて米国務次官補ヒルが急遽訪中して北朝鮮の金桂寛外務次官と会談したことを注目した。それは明らかに武大偉副外相が北朝鮮側との会談で説得し、平壌側は譲歩を決定した結果である。そして中国の斡旋による米朝交渉が行われたことは、米朝双方は米国による金融制裁と六者協議の再開との間で打開の道を見出したシグナルであり、六者協議が近く再開することに対する期待が高まったと展望された。 2006年 02月 05日
日中関係は歴史問題を巡る対立が激化した中で、年末、日本の上海総領事館員が一年半前に自殺していることが週刊誌によってスクープされた。その後、外務省が中国側に何度も抗議をし、それに対し、中国側は強く反論し、新しい外交紛争に発展した。
日本側の報道は、中国の公安関係者がその電信担当の領事館員に対して女性問題をたてに脅かし、自殺に追い込んだとしているが、中国外交部報道官は「事実無根、しかも双方の立会いで解決済み。なぜ今それを持ち出すのか、背後にある日本側の思惑を疑う」と述べる。 北京『環球時報』1月3日は林夢葉、汪善「外交官自殺案騒ぎ、日本の意図に憤慨』を掲載し、以下のように日本側に反論した。死者は低い役職の30歳で、現地でカラオケやナイトクラブに入るぐらいで情報提供を強要されて自殺をせざるをえない、との必然性はないこと、領事館内では死者の性格、同僚・上司との関係が問題視されたし、5通もの遺書を書いており、なぜ遺書を含め真実の全容を公表しないのか、家族がプライバシー保護を重視したとすれば週刊誌はどこから情報入手したのか、なぜ1年半後に騒ぎ出したのか、その背後に政治的意図はないかとの疑問が残っている、という。 日本側の狙いについて中国の新聞では三点の分析が行われている。靖国神社問題で批判されているのでやり返す材料がほしかったこと、中国悪者論がはびこる日本でマスコミはこれで騒ぎやすく日本にとって不利な話題から焦点をそらしたいこと、海外での情報管理組織を整備しようとしているのでこれを口実に推進できること、である。しかし同記事は最後に、「この問題を取り出して騒ぐことは中国への中傷であり、双方の感情的対立を煽り、日中関係を一段と冷たくする無責任のやり方だ」と日本側の対応を批判している。 新年記者会見で小泉首相は靖国問題の責任が中韓両国にあると述べた。逆に中国と韓国はこの問題の解決がなければ政治関係の改善はありえないとの立場だ。このような政治的、感情的な対立は当面持続し、というのは中国の研究者の一般的な見方である(解説「政冷経熱、常態化の可能性あり」、北京『経済参考報』1月9日)。 「日本側は、中国がもっと日本を必要としているとして、政治的に中国を傷つけても経済への影響が少ないと読み、一方の中国側は発展戦略を最優先としている中、『政冷』による『経熱』への影響を最小限にくい止めようとしているので、この両者並存が常態化する恐れがある」として、中国社会科学院日本研究所の張季風研究員は政府に対して政治関係の悪化を覚悟した上で、「主権と領土の問題では譲歩せず、台湾問題でも譲歩せず、経済協力関係を壊さない、この三点を対日政策のデットラインとすべきだ」と提案した。 2006年 01月 19日
この号は中国外交関係の注目記事を取り上げます。
自分を含め、中国人は何かにつけ、何項目かにまとめるのが好きですが、ここでも2005年の中国外交について、「四大看点」と「四大新挑戦」、「四大新特点」と要約されています(新京報051228、人民網051213)。 強国論壇ではある人は2005年の中国外交を、「和欧美、親近隣、助貧困、拒日本」の12文字にまとめました。日中関係が一段と悪化しているのは残念です。 環球時報051228は、中国の「怒れる青年」の外交主張を批判しています。核攻撃を口にした朱成虎が処分を受けたとのことです(聯合早報051223)。聞いた話によると、汪道涵さんの遺言の一つも、「北京の一部の少壮派学者の過激言論が国の外交を誤る」との注意だったそうです。 一方、未確認情報を伝えるのは無責任ですが、江沢民さんがいつか、「平和台頭論」に苦言を呈したと伝えられています(大家論壇051125)。 シャンボーなどのアメリカの著名な中国問題研究者が、『アジアでの中国の台頭』に関する研究書を出し、話題になっています(VOA060113)。あのユン・チャンの小説っぽい毛沢東伝記とは次元が違います。次の胡錦濤主席の訪米で、米中は宇宙開発の協力を推進するとも伝えられています(明報060113)。 中印関係の改善の背景を分析した北京『世界新聞報』の記事にいくらか価値があります。それより、中国はロシアがウクライナへのガス供給のストップに、内心、冷や汗をかいている、という視点が興味深いです(聯合早報060106)。 中国の対外人道援助の四原則が提示されました。そのニュアンスに、日本の対中ODAへの皮肉もあるように感じられますが、読みすぎでしょうか。 2006年 01月 15日
明けましておめでとうございます。
今回は社会の角度から注目記事を取り上げたいと思います。この面では重苦しい内容が多いです。 中国青年報1226「2005年の十大社会問題のIQサプリ(?)」は中国社会の非条理の一面を浮き彫りにしています。 ただ、年間7万件以上の抗議行動を当局が自ら公表したのはなぜか。胡錦濤指導部はそれを第11次5カ年計画の方針転換の理由としているのではないかと香港で分析されています(亜洲週刊1205)。 それを「暴動」と呼ぶのは正確ではないでしょう。「暴動」とは現実に完全に絶望し、秩序や現有のものをすべて取り壊す覚悟でやることです。しかし中国で起きているのは、当局がほとんど容認していない抗議行動で、一部の地方当局が実力行使で抑え込みしようとしたときに衝突にもなりますが、99%の中国人は現状に絶望して革命を起こすのは望んでいないでしょう。 一連の対応も始まっています。浙江省東陽の事件(ちょうど「反日デモ」が発生した同じごろに、公害問題をめぐって現地の農家が大規模な抗議行動を行った)後、役人が免職されていることがVOAによって伝えられました。陝西省の例も、住民と地方政府の衝突で最終的に政府関係者が処分を受けることになりました(明報20060102)。シンガポールの新聞はCCTVのGTの番組が社会的なモラルの問題を取り上げたことを評しています(聯合早報1212)。刑務所の虐待・リンチの問題への対応も変わり始めたようです(多維1203)。 一方、中国のマスコミが当局の押さえを受けた事件も何件か伝えられました。 社会問題に関して胡錦濤指導部は強権発動し始めたのでは、と推測させる最近の動きが出ています(明報060114)。胡錦濤の年末の談話も、社会問題の優先的着手を示唆しているようです(中新網051226)。 2006年 01月 06日
2005年11月中旬以降、中国各地で重大な交通事故、炭鉱爆発などの災害が相次ぎ、特に内外で注目されたのは11月13日、吉林石油化学公司の工場で爆発が起こり、大量の有毒化学品ベンゼンが松花江に流れ込み、下流の大都市ハルビンに5日間にわたる水道水供給や生産活動の停止をもたらしたことだ。事件を起こした国有企業から地方政府の責任者にいたるまで、真相を隠蔽しようとし、それによって対策が遅れたことは被害を一層大きくした。汚染された水は更に下流のロシア領内に向かい、国際問題にも発生した。
12月に入り、環境問題担当の中央政府の責任者、国家環境保護総局の局長が辞任し、国有企業のトップが解任されたが、北京『中華工商時報』12月7日(高初建「松花江が汚染をもたらす責任者を問いただす」)は責任の追及はこれで終わってはならないと主張する。事件を大きくしたのは、企業の管理問題、地方政府が情報を速やかに公開しなかった問題、更に一部の役人は責任逃れの対応をし、ひいてはマスコミに間違った情報を故意に提供したなど複合的な原因によるものだが、数人の辞任と解任だけでは済まされないとして、胡錦濤政権に対して、親民政策を体現すべく責任の所在をはっきりさせ、その上、問責制度を徹底せよと求めた。 松花江の汚染がまだ解決されない12月6日、広東省汕尾市東洲坑村で村民が土地の徴収を巡って現地当局との間に衝突が起こり、武装警察が発砲して多数の死傷者を出す事件が発生した。当初、地方当局は流血事件の発生を覆い隠そうしたが、インターネットを通じて情報が香港や海外に流れ、その後、中国地方当局も「三人の村民が死亡、発砲を指揮した責任者は拘束された」と認めた。しかし、死者はもっと多いのではとの推測が絶えず、真相はまだ解明されず、アメリカ国務省も「関心」を表明するなど国際的に注目される事件になった。 香港中立紙『明報』12月12日の社説「デモ参加者に発砲することは人権問題に警鐘」は、この事件は広東省汕尾地方当局と警察側が法律と人権を無視し、人命を軽く扱う問題を露呈させ、「中国の人権記録の後退」を意味すると指摘する。「中国の人権はここ数年、確かに改善が見られるが、根本的な問題は依然解決されていないことが証明された」として、その深層原因は、官僚と商人の結託に有利だが庶民の権利が無視されているという中国の今の社会政策にあると分析する。胡錦濤政権は「人間本位主義」を掲げている以上、真相究明、発砲者に対する厳重な処罰、死傷者への賠償を進めなければならない。「そうしなければ『和の社会の建設』という新指導部の方針は空虚な政治スローガンに終わってしまう」と同社説は締めくくった。 2006年 01月 05日
12月3日、台湾で県市長と、県市の議員、郷鎮トップの三者同時選挙が行われた。陳水扁総統が率いる与党民進党は最重要な県市長選挙で四つの地方を落とし、南部の六県に後退し、逆に野党連合は16の県と市を制圧した。ほかの地方議員や郷鎮トップの選挙でも同様な結果が出た。民進党主席は早速辞任を表明したが、その後任を巡ってまた内部紛争が表面化している。
台湾紙『中国時報』12月6日の社説「台湾は政党政治の分水嶺にさしかかった」は、今回の選挙は「負の共演」と揶揄し、与党民進党は常に「改革」を口にしながら汚職腐敗などのスキャンダルを噴出させ、選挙中はまた相手を中傷する戦術を赤裸々に使ったことで有権者からそっぽを向かれたと指摘する。一方、野党側も同じように、マフィアとの結託や賄賂をおくるといった噂が絶たなかった。したがって今回の選挙は野党の勝利というより、与党側が自ら墓穴を掘ったものだとして、同社説は、「このままでいくと、民主政治と台湾の未来が滅びる」と警告し、「今回の選挙を教訓に、台湾の民主政治と政党政治が一つの分水嶺を越えられるように与野党とも思い切った自己改革をせよ」と促した。 ではこの選挙が台湾海峡両岸の関係にどう影響するか。中国人民大学の時殷弘教授(シンガポール『聯合早報』12月6日)は、「政党の道徳的イメージ、社会・経済政策に対する採点、中国大陸との関係への評価、という三点が有権者の判断を左右した」と述べ、「特にこの5年以来、中国大陸との関係を改善できなかったことが現政権にとって大きな失点につながった」と解説した。そして今回の選挙結果を踏まえて、北京は国民党の再起に期待を膨らませるが、「一つの中国」を認めない現政権に対する厳しい姿勢を一層強くしていくだろうと分析し、民進党政権は2008年の総統選挙を念頭に、北京との関係改善に乗り出す可能性もあると展望した。 2005年 12月 05日
ブッシュ米大統領が日本、韓国を歴訪し、APEC首脳会議に出席した後の十一月十九日から二十一日まで、北京を訪問し、胡錦濤・温家宝ら中国首脳と相次いで会談を行った。双方は七十機のボーイング旅客機の購入や、来年前半の胡錦濤訪米などについて合意し、ブッシュはまた北京のキリスト教会で礼拝に参加し、彼が記者会見で述べた「中国の政治・社会・宗教における自由の拡大を望む」との発言はそのまま人民日報に掲載されるなど、中国側はこの訪問に最大限の配慮をしたことが窺える。
日本の報道には「ブッシュ大統領が中国の人権問題をけん制した」ことに重点が置かれたが、中国側は今回の訪問を「大国同士の戦略的協議」と位置付ける。九月、ロバート・ゼーリック米国務次官が中国を世界的な「Stakeholder=株主、利益共有者」と呼んでから、米国の対中姿勢に調整が見られたとして、シンガポール紙『聯合早報』11月22日(于澤遠「中国学者:中米関係は成熟へ」)は、「今回の訪問はここ数ヶ月間の米中改善の勢いを持続させ、今後の関係安定化に基盤を作った」との中国学者の見解を紹介した。 ブッシュ大統領は京都訪問中に台湾の民主主義と自由を評価したり、北京でも貿易摩擦や中国の国内政策に苦言を呈したりしたが、自信を強めた中国指導者は、米中協力関係の持続と更なる発展にむしろ楽観論を見せた。その影響もあって、中国でのアンケート調査によれば、ほとんどの中国人は今年の米中関係は去年より改善されたと認識し、91%以上は米国との良好関係の維持が重要と答えた。日中関係の悪化と好対照である。 今回のブッシュ訪中直後、胡錦濤主席の外交ブレーン鄭必堅が新聞に寄稿し(11月22日付『人民日報・海外版』、鄭必堅「二十一世紀における中国共産党の道路」)、米側の対中懸念を念頭に、二十一世紀における中国の長期ビジョンを提示した。すなわち、中国は旧ソ連のような覇権主義路線を取らないこと、現行の国際秩序に挑戦しないこと、「中国の内政外交の核心的な理念は、対外的に平和を求め、内部では調和社会を構築し、台湾海峡では和解を求める」、という「三つの和」の路線だと主張し、更に「社会主義市場経済の発展と社会主義民主政治の建設、法治国家作りを結びつけて推進していく」とも表明した。胡錦濤時代の外交理念を理解する明快の文書である。
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